2013年、iOSがiBeaconを投入したことで、スマートフォンへの情報配信や来店検知が可能になりました。それを機に、多くの企業が「ビーコン活用」に乗り出しましたが、大きな成功例は多くありません。
しかしいま、AIと掛け合わせることで、ビーコンに新たな可能性が生まれ、リテールテックとして注目されています。
その背景、活用法について、ビーコンのプラットフォーム「BeaconBank®(ビーコンバンク)」およびマーケティングサービスを提供している、株式会社unerry(ウネリ―)代表取締役社長・内山英俊さんにお話を聞きました。
近接マーケティングと親和性の高い「ビーコン」
——まず、あらためてビーコンの歴史について教えてください。
ビーコンの歴史は古く、電波による位置情報の取得という技術自体は、1940年にスイスのエンジニアが考案したものです。
それから59年後の1999年、Bluetoothの登場によって、ビーコンの導入は飛躍的に進むことになります。2009年に登場したBluetooth4.0が大幅な省エネを実現したことで、2013年にはiOSにもiBeacon(ビーコンの規格のひとつ)が投入され、「ビーコン活用」に多くの企業が参入しました。
——位置情報の取得という点では、GPSも同様の機能を持っています。GPSとビーコンの違いは、どのような点にあるのでしょうか?
GPSは衛星から情報を取得していますので、真上からのおおよその位置情報しか取得できません。対してビーコンは、Bluetoothの電波を通じて数センチから数10センチ単位で端末の位置情報をするため、屋内の位置も判別できます。たとえば商業施設の何階にいるか、さらにそこに至るまでの動線情報も取得可能です。
そのため小売店では、特定の棚の前に来たユーザーにだけ、商品のクーポンを配布するといった“近接マーケティング”との親和性が高いのが特徴です。
また、ビーコンとスマホが接続されることで、その人の「いつ・どこに・どのくらいの頻度で訪れたか」といった行動履歴がわかります。
——その特性を利用し、欧米ではすでにビーコン活用は“当たり前”になっていると聞きます。しかし日本では、あまり成功例が誕生していないのは、なぜなのでしょうか?
いちばんの原因は、さまざまな企業が自社でしか利用できない仕組みを採用し、ユーザーが細分化してしまったことだと思います。つまり、各企業が独自に自社アプリを開発し、他社が利用できないビーコンが多数生まれてしまい、大規模なプロモーション展開ができず、十分な広告効果を生み出すことができずにいたのです。
そこに一石を投じたのが飲料メーカーの成功事例です。対応自動販売機とスマホをBluetoothで接続し、1本ドリンクを購入するごとにスタンプがたまるという施策です。これにより、対応自販機の売上に寄与しました。
日本の自動販売機(飲料)は全国に約250万台あり、日本に住んでいる人であれば、誰もが毎日必ず目にするものです。同様の成功例を生み出すためには、誰でもどこでも使えるビーコンのプラットフォームを作るしかありません。そうして誕生したのが、“ビーコンをシェアする日本最大規模のネットワーク”「Beacon Bank®」なのです。このネットワークを利用すれば、どの会社が設置したビーコンかを気にすることなく、日本中で大規模なプロモーションを展開することが可能です。
高精度の行動データによって、最適な情報を配信可能
——プラットフォームの誕生は、ビーコン活用の追い風になりそうです。加えて他のテクノロジーと組み合わせることで、新たな可能性も生まれているそうですね。
はい。特に注目されているのが、AIを使った、ユーザーのオフライン行動のビッグデータ利用です。このデータは、屋内に設置されている累計100万個(日本最大級)のビーコンとGPSによるもので、弊社ではさまざまなアプリと提携し、3,300万ユーザーの緻密な行動データを保有しています。
GPSで屋外の行動を把握し、ビーコンで訪問した店舗まで特定すれば、高精度でユーザーの行動を把握できます。販促はもちろん、リサーチやCRMにもデータを活用可能です。
——具体的には、どのように利用できるのでしょうか?
“新しい体験”を作る活用法としては、「スマホ連動デジタルサイネージ」があります。ビーコンといえば、プッシュ配信のイメージですが、これはビーコンを設置したデジタルサイネージの前をユーザーが通ると、スマホではなく、デジタルサイネージの方に、ユーザーに最適な動画を配信されるものです。いわば、ユーザーごとにカスタマイズされる店頭POPとして、利用できるサービスです。
他にも、「ソーシャルチラシ」は、SNSとリアルの行動データを連動させるもので、ユーザーの行動データに基づいて、SNS上で最適な広告をOne to Oneチラシとして配信します。さらに、ユーザーの友人や類似ユーザーにまで拡張して広告を配信することも可能です。また、その後の来店効果測定までをも可能とします。
また、リアルな行動データに基づいて配信しているため、新規顧客と既存顧客を判別できます。さらには、競合店に流れているユーザーや休眠顧客に対しては、クーポンを配信することで、再来店を促すことも可能です。訴求力の高い広告を幅広いユーザーに届けることができるため、効果の出やすいアプローチといえるでしょう。
——ちなみに、以前からあったプッシュ配信は、現在どのように使われているのでしょうか?
行動データと組み合わせることで、「近隣プッシュ配信」としてアップデートしています。特にアプローチとして有効なのが、店舗来店で取得できるクーポン情報や特定の店舗でしか得られない有益な情報の配信です。たとえば、電源やWi-Fiが無料で利用可能、あのマンガが無料で2巻まで読める、といった価値の訴求がそれに該当します。こちらも来店効果測定が可能ですから、呼び込みの代わりとして利用するのもおすすめです。
その際、店舗と行動関連性が高い場所で配信することで、ユーザーの行動を予測し、“ほしいときに、ほしい情報をレコメンド”するようにしています。たとえば、あるユーザーはいつも、居酒屋のあとカラオケに行く傾向があるとしましょう。そのユーザーが居酒屋を出たあとに、カラオケ店のプッシュ広告をスマホに配信するわけです。これはユーザーにとっても利便性が高いですし、来店効果を期待できる仕組みといえるでしょう。
「人とモノのマッチング」の精度をビーコンが高める
——“パーソナライズ”がキーワードになっている昨今において、ビーコンは時代にマッチしたテクノロジーのように感じます。
そうだと思います。しかもビーコンを検知するためのBluetoothは、iPhoneのデフォルトの設定でONになっていて、一度コントロールセンターで接続を解除しても、設定画面でOFFにしない限り翌日には自動でONになる仕組みになっています。スマホの仕様自体がBluetooth活用を推奨しているような状態ですから、これを活用しないのは、もったいないですよね。
最近では「アンビエントコンピューティング」という言葉が注目されていますが、これはユーザーが何もしなくても、自分の周りにあるデバイスが教えてくれる世界を意味しています。気になるモノがあったとき、検索しなくても、デバイスが先回りして教えてくれる。
まさに前述した行動データに基づいた広告の配信などは、アンビエントコンピューティングの発想に近いものといえますから、個人的には、時代がビーコンに追いついてきた印象を受けています。加えて、導入コストが低く抑えられることも追い風になっているように感じます。
——ちなみに、さまざまなビーコン活用法がありますが、特に効果が出やすい方法はあるのでしょうか?
さまざまな事例がありますが、やはり来店でもらえるデジタル上のスタンプカードの成功率は高いですね。あるファミリーレストランでは、スマホを持っているだけで自動的に来店ポイントがたまるキャンペーン施策で驚くほど効果が出た、という話もあります。
また、“いま、ほしい情報を配信”することも大事ですね。これは状況推定からのレコメンドになるのですが、遊園地を訪れた際に、園内で使えるクーポンを配信したり、アトラクションの混雑状況などを配信したりすると、効果が出やすい傾向にあります。
その仕組みを利用し、昨年、宮崎県では県内にビーコンを多数設置して、プッシュ通知によって人の回遊を促し、観光や地域消費に寄与した例もあります。
——今後、ビーコンはどのように発展していくとお考えですか?
弊社としては、既存のビジネスとは異なるデジタル世界の未来を想像しています。そこで活躍するテクノロジーが「ビーコン」だと考えています。
もしかしたら、将来的にWeb広告の在り方が変わる可能性もあるでしょう。なぜならスマホを通じて、適切なユーザーに、適切なタイミング・場所で、パーソナライズされた広告が配信(通知)されるようになるからです。現在は視覚的なアプローチが中心ですが、今後はスマートスピーカーを通した音による配信など、アプローチも多角化していくと考えています。
今後、ビーコンを活用した最適なレコメンドによって、人とモノのマッチングの精度は、より高まっていくのではないでしょうか。
日本では活用が遅れていた「ビーコン」。しかし近年、プラットフォームの誕生や、テクノロジーとの掛け合わせによって、新たな可能性が生まれています。リテールテックの領域において、再びビーコンが注目を浴びる日も近いのではないでしょうか。
- Written by:
- BAE編集部