CESは、毎年1月に、北米最大のテクノロジー業界団体CTA(Consumer Technology Association: 全米民生技術協会) が、ネバダ州ラスベガスで開催する大規模な展示会です。今年はコロナ禍による“完全オンライン”開催という前代未聞の取り組みでした。CESを約20年にわたって取材してきたジャーナリストの野々下裕子さんに、2021年のCES(1月11日〜14日開催)で発表された注目のトピックスやトレンド、今後ウォッチすべき動向について伺いました。
コロナ下開催のCESは約2,000社の企業が参加
——野々下さんは、実に20年にわたって、CESを取材しているそうですね。20年見てきた中で、CESがどのように変化してと感じられていますか。
はい。CESは、年々会場面積が広がり巨大化、グローバル化が進んでいます。対象ジャンルも同様で、単なる家電イベントから、デジタル全般のトレンドを扱う方向へ進化しました。特に最近は、マーケティングやエンタテインメント、フードビジネスなど、新しいジャンルも貪欲に取り入れ、デジタルトランスフォーメーションに向かって、さらに勢いづいています。また、CESで発表されたテクノロジーや商品が、一般の方の目に止まるようになるのは2〜3年後。そうしたこともあって、トレンドの把握には、毎年比較し続ける必要があるんです。メディア・デイの開催時間も、年々増加しています。その注目にあわせ、環境への配慮や社会解決などへの取り組みも強調されるようになってきました。
——ここ数年での大きな変化はどんなものがあるでしょうか。
この数年での特徴的な動きとして、2012年にはスタートアップを集めるEureka Parkをスタート、2020年は1,200社が出展しました。2014年になると、自動車メーカーが自動運転技術を発表したのをきっかけに、モーターショーと棲み分けるかたちで、EVやコンセプトカーを中心とした出展が増え、自動車市場からも注目を集めるようになりました。2015年にはマーケティング、エンタテイメントなどをテーマにするC Spaceが登場。ゲーム、スポーツなどのジャンルも含めてサービス、ソフト面での出展が増加。それにあわせて、これまでは3Dプリンター、ドローンといった新しいハードが話題だったのが、2018年はAmazon Alexa を搭載した家電が話題になり、ハードとソフトの主従関係が並列、もしくは逆転する傾向になっていきました。
——今年はコロナ禍ということで展示会のあり方も大きく様変わりしましたが、どのような規模で開催されたのでしょうか。
今年のトレンドはどのようなものだったのでしょうか。
CTAによると、37ヵ国から700社近くのスタートアップを含む約2,000社の企業が出展し、100時間以上のカンファレンスが行われました。スタートアップ、大手テクノロジー企業の製品発表会と基調講演の他、エンタテインメントイベントも開催されました。
今年のトレンド・キーワードは次の6つです。
Digital Health/デジタルヘルス
デジタルを活用したヘルスケア。スマートフォン、AIやIoT、ロボティクス活用も含まれる。
Digital Transformation/デジタルトランスフォーメーション
ITが浸透することによって、人々の暮らしが良い方向に変わることを指す。
Robotics & Drones/ロボティクス&ドローン
ロボットの設計・制御を行うロボット工学の分野/無人航空機の分野。
5G Connectivity/5Gコネクティビティ
第5世代移動通信システムと、それが繋がることによって起こる未来。
Vehicle Technology/ビークルテクノロジー
自動運転などを含む、車両技術の分野。
Smart Cities/スマートシティ
IT技術とデータ活用で、生活の質を高めたサスティナブルな都市のこと。
これに加え、今回のCESでよく目にしたのが「AI×IoT」、略して「AIoT」というキーワードです。IoTで収集したデータを、人工知能で分析することでサービスの質やソフトウェアの機能をさらに向上させていくことを目指しています。例えばエアコンの場合、天気予報のデータと、ユーザーの温度に対する好みから最適な室温を判断し、部屋の温度を調整するといった仕組みです。
また、「Autonomous(全自動)」も覚えておくべき単語でしょう。Autonomous=自律という意味で、車だけではなく、ロボット、家電でも同じように、周辺をセンシングして分析、自動で状況判断して自律的に動くことが、「5G+クラウド」や「エッジコンピューティング+高速半導体チップの進化」で以前より簡単に実用化できるようになっています。
5G、XR、ドローン配送、コロナ対策……ジャンル目白押しな注目企業の発表
——今年のカンファレンスで、注目を集めた企業を教えてください。
Verizon、General Motors、LGです。
Verizonは、 5Gを中心に、スポーツ、教育、エンタテインメントなどの分野で、没入型の5G体験を実演しました。まずは、プロアメリカンフットボールリーグのNFLによる、VRを利用した体験型の観戦。国際輸送サービスUPSによる、ドローンでの配送。世界最大級のライブ・エンタテインメント企業Live Nation Clubs and Theatersによる、ミュージシャンをバーチャルキャラクターに変換してのライブ開催やデモも公開されました。また、メトロポリタン美術館、スミソニアン博物館とのパートナーシップにより、リモートで展示作品を高精細度で見られるなどの発表をしました。
General Motorsは、EVへの完全シフトによる「zero crashes, zero emissions and zero congestion(無事故、ゼロエミッション、渋滞ゼロ)」の実現に向けた変革戦略を発表。製造工場でも、ゼロエミッションを目指すとして、2025年までに30種類の発売を予定しているEV車両、シボレーとキャデラックを紹介しました。また、LG化学と開発するEV用バッテリー「アルティウム」、「eVTOLエアタクシー」のコンセプトモデルなどを発表しました。
一風変わった発表が含まれていたのは韓国企業、LG です。これまでに巻き取り型ディスプレイや、天井から引き下げる形の8Kディスプレイなどを発表してきましたが、今年は同社初となるミニLEDを採用したテレビ「QNED MiniLED TV」を発表。ミニLEDを光源とし、量子ドットとナノセル技術を活用、液晶テレビより遥かに優れるという明るさとコントラストを実現。
メディア発表の後半になると、バーチャルキャラクターが登場。彼女の名前はReah Keem(リア・キム)。バーチャルインフルエンサーとして、Instagramのアカウントも持っており、肩書きはシンガーソングライター兼DJ。Instagramの中では、あたかも実在する女性のような投稿がされており、SoundCloudでは楽曲も発表しています。
——日本企業については、どうだったのでしょうか。注目したカンファレンスや発表について教えてください。
日本からは77団体が出展しました。日本国内ではパナソニックが有明でイベントを行った他、有楽町のb8ta Tokyo(商業施設)で展示が行われるなど、連動型イベントの取り組みが行われていました。
例年新製品を発表しているソニーは、人間の認知特性を反映した知能を持つ、統合認知型高画音質プロセッサー“XR”を搭載したテレビシリーズBRAVIA XRを発表。また、PlayStation 5、立体音響技術による360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)の臨場感ライブ配信なども発表されましが、一番の注目は“ソニーが作る車”と2020年に話題になった「VISION-S」のその後です。今年は、モビリティの進化への貢献を目標に、新たなステージに移行。安全安心のための技術開発や、エンタテインメント、アダプタビリティにより車両を進化させることが発表されました。2020年12月から技術検証のための公道走行もオーストリアにて始まっています。
今年も盛り上がったヘルステック、日本企業が好調
——デジタルヘルスの分野は、昨年末までと比べどう変化したのでしょうか。
ウェアラブル機器を利用した体調チェックができるデバイスが話題になりました。今現在、世界各国で、COVID-19の感染を予測する研究が進められている状況です。直接の出展はありませんでしたが、リング型のOura Ring、貼るタイプの生体機能センシングデバイスなどが多数登場していました。また、全体的に非接触・非対面で利用するソリューションも目に付きましたね。ドローンやロボットによる配送サービスなどはその一つで、GMやVerizon、パナソニック、サムスンらが関連ソリューションを発表していました。
印象的だったのはオムロンです。オムロンは、2019年にウェアラブル血圧計「HeartGuide」を北米で発売。自宅で血圧を測る習慣が乏しかった米国で、IoTを使って分析サービスを行うなど、注目を浴びていました。
そして、今年発表されたのは、遠隔患者モニタリングシステム「VitalSight」。Best of CES2021にも選ばれました。これは、家にいながら、医師が患者の高血圧をリモートでチェックできるサービス。パンデミック下において、高血圧の人が定期的な臨床検査を受けることは難しく、自宅でチェックすることが大切。キットには、WiFi接続不要で、耳に挟むタイプの通信ハブが含まれており、血圧データが患者の電子医療記録に直接送られる仕組みです。もともと、こうしたシステムを開発し続けてきた同社ですが、まさに今、時流に乗った発表と言えるでしょう。
——3年前から新設されたカテゴリー、睡眠に関するテクノロジー“スリープテック”はどのような動向でしたか。
今年のCESはオールデジタルなので、検索で展示を探していくのですが“Sleep”で検索すると51ヒット、日本からも5社が出展しており、スリープテックの盛り上がりを感じましたね。その中の一つ、イノベーション・アワードも受賞した「ainenne(あいねんね)」は赤ちゃんの睡眠を支援するベッドライト型のトレーナー機器です。人間が朝日を浴びることにより体内時計がリセットされる事をヒントに、太陽光を模したタイマー式の照明で眠りのコントロールをする、ホワイトノイズを発生させて落ち着かせるなどの機能がついています。また、世界150ヵ国、15万人の赤ちゃんの声を分析した「泣き声診断アルゴリズム」を採用しており、赤ちゃんが泣いている理由を分析できるのだとか。
——まさに、盛り上がりつつある二つのテック、ベビーテックと、スリープテックが組み合わさった商品ですね。
ベビーテックでは、赤ちゃんをAIで見守るガジェット「Cubo Ai」が注目です。Cubo Aiは、赤ちゃんをカメラで追いながらモニタリングし、ベビーベッドでの窒息防止、寝返りアラートの他、万が一ベッドから出てしまった時の警告などを行います。さらに、温度・湿度の自動管理、ナイトライト、声かけマイクなど、かなりの多機能。小鳥の形をした可愛らしさも魅力です。
スリープテックに関しては、あごにセンサーを取り付けて睡眠中の無呼吸状態を検知するデバイス「Surise」や、お腹に貼ったパッチで睡眠を分析する「Tatch」などスリープテックの初期の頃より、睡眠を邪魔しない、さりげないサイズのデバイスが登場していました。
「COVE」は耳にかける睡眠サポートデバイスで、20分毎に振動する仕組み。神経をリラックスさせて、睡眠導入を助けてくれます。日本からはXenomaが睡眠をサポートするパジャマを発表。日本ではすでに「デジタルヘルスケアパジャマ」として2020年から発売されており、パジャマに搭載されたデバイスが睡眠時の変化を計測、アプリと連携することで睡眠スコアや睡眠履歴の確認、睡眠改善アドバイスなどを得られる仕組みです。別売りのスマートリモコンと接続することで、睡眠中のパジャマ温度変化にあわせ、エアコンの設定温度を自動調整する機能もついています。
——女性のライフスタイルやヘルスケアに関わる分野“フェムテック”に動きはあったのでしょうか。
フェムテックでは簡易の尿検査キットで、排卵を記録する「The Oova Kit」がアワードを受賞。他にも、コスメのカテゴリーでは、アモーレパシフィックが、「Lip Factory by Color Tailor Smart Factory System」を発表。肌にあわせて、ファンデーションや口紅を自動で調合する技術です。
——新型コロナウイルス対策として、クリーニングテックに関わるガジェットや商品はあったのでしょうか。
全体の流れとして、非接触を推奨するための、ドローンや、Autonomous(全自動)=自律する車、ロボット、家電などが目立ちました。また、Razerが発表した換気機能つきのゲーミングマスクは粒子の95%以上をカットするという高いフィルター効果を持つマスク性能と、新鮮な空気を供給する着脱式の換気システムを搭載。
ノルウェーのスタートアップ企業Airthingsの「Wave Plus for Business with Virus Risk Indicator」は、室内の空気の状態をモニタリングできるデバイスとして発売されたものですが、新型コロナウイルスの感染拡大に影響を受け、室内・屋内の空気に対する、ウイルスへの感染リスクを可視化できる機能を追加。イノベーションアワードを受賞しました。
「BULO」は、肺活量、肺持久力、肺の筋肉を測定および分析することにより、ユーザー向けにカスタマイズされた呼吸運動ガイダンスを提案する世界初のデバイス。本来、肉体的なパフォーマンス改善に使用するものですが、今現在、自分の肺の状態を把握したい人は多いでしょうね。イノベーションアワードを受賞。
また、LGの発表の中にも、新型コロナウイルス対策としての商品紹介もありました。紫外線C波(UV-C)で細菌やウイルスを除去できる自走式ロボット「CLOi UV-C Robot」です。これは、学校・レストラン・ホテルなどでの利用を想定しており、15〜30分で室内の表面を消毒。モバイルアプリで制御が可能で、人感センサーの搭載により、従業員への紫外線曝露を最小限に抑えるというもので、2021年初頭に米国で発売される予定です。エアコンディショニングソリューション/空気清浄関連では、マスク、ポータブル空気清浄機も併せて発表されました。
——CTAは、来年以降のCESを、デジタルミックス、つまりリアル会場とオンラインの両方で開催すると発表しています。来年以降のCESは、どのようになっていくのでしょうか。
来年(2022年)はリアルでの展示も復活する予定ですが、メイン会場であるラスベガス・コンベンション・センターに“ウエスト”という新しいエリアがオープンするため、規模は過去最大になるでしょう。アフターコロナの世界で、コロナ対策のための製品が注目を浴びるのは間違いなく、スタートアップにも、そうした製品が相次ぎそうですね。また、フードテック・SDGs・サスティナビリティにまつわるものも増えそうです。また、オールデジタルだった今年のように、キーノートは全世界に向けたオンライン配信を並行してやるようになるかもしれません。
あとは、CESの展示会としての立ち位置も気になります。これまでは、1月にアメリカでのCES、2月にスペインでのMWCと、世界的な展示会のスケジュールが固定されていたため、各企業がそのイベントに向けて開発を進めるなどの発表バランスが取れていました。今後は、それぞれのスケジュール変更が予測される為、今後CESで発表される内容や立ち位置にも変化があるかもしれません。また、バイデン政権の発足により、中国とアメリカの関係性が変化し、来年のCESの出展にも影響する可能性もあるでしょう。
2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で、世界中で人々のライフスタイルや消費行動に大きな変化がありました。その影響は2021年のCESにも如実に現れ、初のオールデジタル開催となるだけでなく、非接触や衛生的な環境を実現するためのテクノロジーの出展も目立ちました。そんな中で、ここ数年のトレンドであるヘルステックの勢いは引き続き堅調。AIやIoTを駆使したデバイスやサービスが続々と登場しています。さらに、このAIとIoTを融合した「AIoT」というキーワードも注目されました。今回のCESは、AIが私たちの生活により密接に関与する近未来の世界を示唆しているのかもしれません。
野々下裕子
ジャーナリスト
デジタル業界を中心に国内外で開催されるカンファレンスやイベントの取材、インタビューなどの記事を IT やビジネス系オンラインメディア向けに執筆するほか、マーケティング調査やリサーチ分析などの活動を行う野々下裕子さん。対象ジャンルは世界のスタートアップ市場をはじめ、スマートシティ、モビリティ、ロボティクス、AI、XR、デジタルヘルス、ウェアラブルなど多数。
- Written by:
- BAE編集部