百貨店の特徴といえば、“おもてなし”。しかしコロナ禍の中で、対面接客が難しくなり、その強みを発揮することが困難な状況に直面しました。百貨店業界においてトップクラスの入店客数を誇る「三越伊勢丹」においても、コロナ禍以前、年間約2億4,000万人以上が来客していましたが、パンデミックの影響でその数は大きく減少しました。
その中で三越伊勢丹は「オンライン」に新たな活路を見出し、さまざまなOMO戦略を展開しています。取り組みの狙いや具体的な効果、目指す未来について、同社のMD統括部の3名にお話を伺いました。
コロナ禍で見えた、オンライン接客のニーズと有効性
——百貨店は“おもてなし”に強みを持つ小売業です。新型コロナウイルスの影響は大きかったのではないでしょうか。
升森
そうですね。お客さまと“対面できない”ということが、小売業にとって、こんなにも苦しいことなのかと痛感しました。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、人と人との接触を避けるようになった結果、外出も減少し、街を歩く人も、百貨店を訪れる人も減少しました。感染は収まる気配がなく、店は休業、出勤もできないという状況は、私たちだけでなく、小売業に関わるすべての人が直面した苦しみだったと思います。
当社は、実は3年ほど前から、さまざまなDX(デジタル・トランスフォーメーション)を進めておりました。そのなかには当然、ECサイトの改修なども含まれており、データ活用をするための準備はしていました。それでも主戦場はあくまで「売場(リアル)」であり、オンラインへのニーズがここまで急激に高まるとは、予想だにしていませんでした。また、以前にBAEさんでご紹介いただいた現在のスマートフォン向けアプリ「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」の前身となる「バーチャル伊勢丹」もそのひとつです。
——オンラインでのタッチポイントの強化は進めていたものの、それはあくまで「対面ありき」だったのですね。
升森
はい。今回のパンデミックは完全に想定外でした。しかしまずは「できることから始めよう」と、すぐにオンライン接客が行える体制を整えました。と言っても、LINE WORKSとZoomを活用した簡易的なものでした。ですが、オンラインでも一定レベルの接客は可能であり、お客さまのオンライン接客に対するニーズも存在することを確認できました。
百貨店の“おもてなし”は、お客さまを思う心ですから、リアルでなくても、オンライン上でも届けられることがわかりました。オンライン接客の有効性を確認できた私たちは、アプリ開発を進め、約3ヵ月で「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」をリリースしました。
オンラインでも効果を発揮した、“おもてなし”の価値
——「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」は、どのような課題を解決するために生まれたのでしょうか。
升森
質の高い“おもてなし”は、百貨店の代名詞です。しかしECサイトでは、どんなに言葉を尽くしても、お客さまの「知りたい」に真の意味でお答えすることや、正確なレコメンドも容易ではありません。
「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」では、その溝を埋めるために、実際に店頭にいる販売員が対応するチャットやビデオによる接客をアプリ上で受けられ、そのままオンライン決済機能を備えた仕組みを構築しました。
しかしそれだけでは、オンライン上で“おもてなし”をお届けしているとは言えません。そこで、ECサイト上に掲載されていない商品も含め、実際に百貨店に並んでいる商品を買えるようにすることで、「オンラインを通じて、実店舗に訪れている」ような感覚を、アプリ上で提供しました。(一部商品を除く)
百貨店に並ぶ商品点数は膨大な数におよびます。その中でECサイトで購入できる商品の割合は、ごくわずかとなります。なぜなら、ECサイトに掲載するためには登録作業があり、時間も要してしまうからです。そして、すべての商品を見るためには来店する必要がありました。ポジティブに捉えれば、コロナ禍を機に、三越伊勢丹のおもてなしはオンラインにまで拡充したと言えます。全商品をご紹介できる体制は、アプリだけの特別感の創出にもつながり、利用者の方からもご好評をいただいています。
これにより、オンライン接客でも、代替商品をご提案できるため、機会損失を防ぐことが可能になりました。また、「購入したい」となった場合には、販売員側で該当商品をお客さまのカートにお入れすることで、決済までの流れをシームレスにつなぎ、「快適なショッピング体験」をご提供しています。
升森
実際にアプリをリリースすると、多くのメディアで取り上げていただいたこともあり、現在進行形で順調にダウンロード数を伸ばしています。今現在すでに約2万ダウンロードを記録しています。
利用状況で言いますと、ビデオ接客よりも、チャットによる接客の方が約9割を占めるご利用状況になっています。おそらく、チャットの方が手軽な印象があるのと、まだまだオンライン上で顔を合わせることに慣れていない方も多いのかもしれません。だからこそ、ビデオ接客を受けてくださるお客さまの購買意欲は比較的強く、購買率も高い傾向にあります。
——オンラインで三越伊勢丹の“おもてなし”が体験できることは、大きな価値だと思います。新規顧客の獲得にもつながったのではないでしょうか。
升森
はい。オンラインに距離は関係ありませんから、首都圏のお客さまだけでなく、それ以外の地域の方にもアプリをご利用いただいております。比率で言うと半々くらいです。年齢でみると10代の方のご利用も多く、アプリが百貨店の抱える「顧客の高齢化問題」の解決にもつながる明るい可能性さえ出てきました。
今後もアプリは、三越伊勢丹の“おもてなし”を体験いただく新たなタッチポイントとして、継続していく価値があると考えています。そのためにも、現在の倍以上のダウンロードを目指したいと思っています。
ダウンロード数を増やしたい理由は、売上の向上が目的というよりも、“おもてなし”の質を高めることが最大の狙いです。アプリを通じてオンラインで得たお客さま情報を、対面の接客でも活かすことで、顧客満足度の向上につながると考えています。
お客さまからは「オンラインとはいえ、伊勢丹の店内を巡りながら買い物できるのはうれしい」というお声もあり、エンゲージメント向上にアプリが寄与しているという実感はあります。
具体例を挙げるならば、お花を購入目的だったお客さまが、販売員とチャットで対話するなかで贈り物を探しているという話になり、約100万円の絵画が売れた事例があります。お客さまのお声が聞ける価値というのはそれほど高く、百貨店にとって重要なものなのです。
ECサイトでは通常、自分の目的のアイテムを探して「なければ離脱」してしまいます。しかしオンラインでも、お客さまと適切なコミュニケーションを取ることができれば、新たな出会いを創出し、購買体験へとつなげることができる。これも三越伊勢丹の“おもてなし”あってこそだと感じています。
目指すのは、サービスのシームレス化
——その後、オンラインとオフライン(売場)をつなぐ新たな施策もスタートされていますよね。
田代
はい。私たちはオフラインでもオンラインでも、最高の顧客体験を提供したいと思っています。オフラインとオンラインのサービスをシームレスにつなぎ、「楽しい買い物体験」をお届けすることを目指しています。
田代
そのなかで生まれたのが、5秒の3D計測で簡単に体型データを可視化し、計測結果をもとに販売員による最適な洋服のコンサルティング接客が受けられ洋服選びをサポートする「マッチパレット」や、3D計測したお客さまの足型データと靴の木型データをマッチングすることで靴選びをサポートする「YourFIT365」です。
田代
どちらも店頭でお客さまのサイズをお測りすることで、店頭でもオンラインでも、お客さまに合った商品をご紹介できるサービスです。これにより、店頭での顧客体験も、オンラインでの顧客体験も向上すると考えています。
たとえば、一度店頭でお客さまご自身の体型タイプをご確認いただいていれば、来店前に「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」でオンライン接客を受けることで、気になる商品のサイズ感も含めた詳細情報を得られるだけでなく、似たような商品のレコメンドやコーディネート提案も受けられます。これはお客さまにとって時短につながりますし、利便性の向上になるのはもちろん、「三越伊勢丹とお客さまの距離」を縮める効果もあります。売り場だけでなく、オンラインでもお客さまとの触れ合いを常に大切にしたい。その思いがカタチになったサービスの活用と言えます。
升森
たしかに私たちは急速にDXを進めました。しかし百貨店の強みは“おもてなし”にあるという軸を大切にしたことで、テクノロジーを活用した、顧客体験価値の向上という発想が生まれたのだと思います。今後も、お客さまの心に寄り添うことを店頭はもちろん、オンラインでもしっかりやっていきたいと考えています。
——ほかにも、オンラインストア上で使える新機能や、スマートフォンアプリをリリースしています。これも、三越伊勢丹のOMO戦略のひとつでしょうか。
上林
はい、今年の4月27日(火)より三越伊勢丹オンラインストア上での「スナップ機能」のサービス提供を開始しました。「スナップ機能」は、希望した販売員たちがフロアやブランドの垣根を超えてスタイリングを紹介するもので、婦人服・紳士服だけでなく、百貨店ならではのインテリアまで、ライフスタイルの総合的な提案が可能となっています。
加えて、一部アイテムでは「マッチパレット体型タイプ」や、「骨格スタイル分析」・「パーソナルカラー診断」に関するスナップ上の販売員とリンクした情報を掲載することで、よりお客さまご自身にあった商品を選べる快適なオンラインショッピング体験を提供。本機能を経由しているとオンラインストア上でのCVRが約2倍、売上単価が約2倍となるなど、お客さまにご好評をいただいております。
上林
本年リリースした、仮想都市空間の中で、仮想伊勢丹新宿店でのショッピングが24時間どこでも楽しめるスマートフォン向けアプリ「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」は、チャットにてユーザー間の会話もできるコミュニケーションプラットフォームです。ショッピングを起点に、それ以外の体験コンテンツも含めて拡充をしていくことで、「オンラインもオフラインも楽しい伊勢丹」へと進化していくことを目指しています。
この基本コンセプトは、「バーチャル伊勢丹」にも通じるものがあります。VRを活用したアプリにおいて、お客さま(ユーザー)は、仮想伊勢丹新宿店にいつでも訪れることができる。たとえ物理的には遠くても、心の距離は近くありたい。そんな願いがどちらにも込められています。
未来でも変わらない「店頭の価値」
——コロナ禍を経て、新生・三越伊勢丹としてリスタートした印象です。今後、オンラインとオフラインをどのように活用していきたいとお考えでしょうか。
升森
新型コロナウイルスが収束しても、現在のオンラインを活用した取り組みは継続します。なぜなら、オフラインをサポートするオンラインの重要性はますます高まっていくからです。リアルでも、ECでも、アプリでも、「楽しい買い物体験」が待っている。それがコロナ禍後の三越伊勢丹が目指す姿です。
新型コロナウイルスに見舞われた2020年は、三越伊勢丹にとっても大きな転換点の年と言えます。いまは目新しく見える取り組みも、きっと10年後にはすべて、当たり前になっているものばかりでしょう。ですから、未来のための準備をしている。そんな気持ちでいます。一方で、その世界においても、店頭の価値、対面接客の価値が落ちることはないと考えています。
オンラインは利便性にばかり目が行きがちですが、オンラインでの体験が「リアルをもっと楽しくしてくれる」という活用法もあるはずです。同時に、楽しいリアル体験が、オンラインをもっと楽しくしてくれる。そうやって、ブランド価値を向上させていくのがニューノーマル時代の小売の在り方なのではないでしょうか。
私たちはいま、店頭でもオンラインでも、常に“最高の顧客体験”をお届けしたいと考えています。そのためにお客さまの選択肢の幅を広げそれぞれの強みを活かし、組み合わせることで、お客さまによりよい購買体験を提供していきたいと思っています。
様々な場面でDX化が進む私たちの生活において、オフラインをサポートするオンラインの重要性はますます高まっていくでしょう。そのなかで、いかにオフラインとオンラインをつなぎ、相乗効果を生み出し体験価値を上げることが、小売業だけでなく、すべての業種において重要な視点になります。
- Written by:
- BAE編集部