コロナ禍で急変する生活者の買い物事情。アパレルや百貨店で、OMO時代に沿った購買体験をサポートする、新たなソリューションが求められています。
その中で注目される仕組みの一つが、AIスタイリストによるコーディネートの自動提案を軸に、ユーザーの手持ち服を最適化するアプリです。ECや店舗と連携が可能で、試着や購買に繋げる効果があります。
ユーザーの心を掴む仕掛けや、企業側の活用のコツを、オンライン・クローゼットアプリ「XZ(クローゼット)」を展開する、株式会社STANDING OVATION(スタンディングオベーション)の荻田さんに伺います。
リアルなクローゼットの中身を可視化・データ化する
——ユーザーのクローゼットをデジタル化するアプリ。どのような仕組みなのでしょうか。
「XZ(クローゼット)」は、手持ちの洋服の登録ができ、AIスタイリストによるコーディネートと着回しの提案が見られる、オンライン・クローゼットアプリです。
クローゼットの開設者数は100万人を超え、登録アイテム数は約3,200万点(2021年6月時点)。ユーザーの男女比は2:8で女性が多く、20~40代がボリュームゾーンです。
流入の多くは、「コーデ(コーディネート)」「ファッション」「着回し」等のワードによる検索がきっかけで、コーデや着こなしに悩みがある人、よりよい買い物やセンスの向上を望む人、手持ちのファッションアイテムのマネジメントを効率化したい人などから好評を得ています。
——AIによるコーデ提案はどのように構築されているのですか。
ショップ店員やファッション・インスタグラマ―による大量のスナップを教師データに、機械学習(ディープラーニング)により画像認識の精度を向上させ、ユーザーの手持ち服と照らし合わせて置き換えるという方法で、複数パターンのコーデ提案を表示しています。
天候のデータとも連携して、プロフィールに入力された場所の天気や気温を加味した提案を行い、厚着・薄着の調整も可能にするなど、生活に根差したコーデを提案できるよう配慮しています。
——ユーザーのリアルなファッションのデータを生かせることがポイントでしょうか。
はい。「ユーザーがどこに住み、いつ何を着ているのか」は、私たちの独自のデータです。このデータを、着回しやコーディネートの提案を軸に活用することで、ユーザーの課題解決と購買体験の拡張の両面に繋げていることが、大きなポイントです。
説得力の高い店舗接客と、EC連動が可能に
——アプリによる着回し提案は、EC上でどう活用されているのですか。
2021年から、ファッションECサイト上で販売中のアイテムと手持ち服をミックスしたコーディネートなどを提案する機能の提供をスタートしています。
アイテム詳細ページに着回しコーデを表示した場合、CVRの実績では、A社のECでは222%向上するという結果が出ました。(※)
※着回しコーデの表示・非表示を比較したデータ
——効果の理由はどう分析されていますか。
2020年11月に行った男女1,027名の「XZ」ユーザーへのアンケート結果を見ると、「手持ち服に合うものを買うようにしたい」「自分に似合うものを買うようにしたい」次いで、「たくさん着回せるものを買うようにしたい」と回答された方が半数を超え、「アイテムを様々なバリエーションで着こなし、活用を最大化したい」という欲求が高いことがうかがえました。
買い足せるアイテム数には限界があっても、ユーザーは自分では思いつかないコーディネートも含めた、様々な着こなしの実現を望んでいます。「XZ」を活用すれば、1アイテムでも12パターン×色別での着回しコーデが組めることが可視化され、EC上での“接客”が実現します。
また、コーデを十分にシミュレーションしてもらうことで、納得度の高い意思決定に繋がります。
何十万点の中からも、その人に合った適切なアイテムが浮上するため、人気商品が売れるだけではない、ユーザーのインサイトまで踏み込んだ売り方が可能になります。
組み合わせ提案による複数買いや、カゴ落ち(購入直前のカートのアイテム削除や、サイトの離脱)防止にも繋がるでしょう。購入されたラインナップの中に、よく着られるアクティブな手持ちアイテムが増えれば、結果的に販促の機会も増えます。
コーディネートや着回しは人気のコンテンツであり、滞在時間が延長することもメリットです。明確な購入意識を持たずふらっとサイトに来た人に、メディアとして楽しんでもらう機会も増やせるでしょう。
——実店舗との連動について教えてください。実証実験で、接客や購買体験にはどのような変化が見られたのでしょうか。
2021年3月から、「三井ショッピングパーク ららぽーとTOKYO-BAY」内で、三井不動産株式会社と一緒にOMOソリューションの実証実験を行っています。
店頭のサイネージやタブレットにコーデを表示しながら、手持ち服+新品の着回しコーデの提案を行ったところ、「説得力の高いレコメンドができ、試着に繋げやすい」とスタッフの好評を得られています。
また、その場ですぐの試着や購買に至らなかった場合にも、お客様に気になる商品のデータをスマホ内の「XZ」にクリップして持ち帰っていただくことができます。
今までは店頭で買い逃されるとそれきり機会損失になっていましたが、あと「XZ」を開いたときに「この前お店で見たトップスは、この手持ちのスカートとも合いそうだな」と思い返してもらうことで、購入の再検討や、“あと買い”の牽引力になります。
コーデや手持ち服の可視化といったデータに、接客というヒューマンタッチを加えることで、顧客体験を向上できますし、OMOに好循環が生まれます。
過去の購入履歴や手持ち服のセンスを知ることで、初めて来店したお客様ともコミュニケーションが弾みますし、AIのコーデ提案をベースに、理想のスタイルに合わせたおすすめなども可能になります。
これは、多くのショップやブランドが抱える、接客スキルと品質の維持・向上や、商品のコモディティ化といった課題の解決にも繋がるでしょう。
「ブランドの横断」がファッションの可能性を切りひらく
——ユーザーやファッション業界にとって、より役立つ仕組みとして成長していくには、どのような課題があるのでしょうか。
「XZ」アプリのサービス面の課題としては、AIスタイリストの提案精度や、UIの向上を引き続き進めていきます。
具体的には、コーディネートのテイストの増加、柄物など個性的なアイテムの活用を進める提案、オン・オフの着こなしの変化への対応、手放したアイテムを区別した表示、など、ユーザーからのリクエストの多い機能から、一つ一つ可能にしていきたいですね。
将来的に、身長や体重を知るサイズテックやオンライン試着、骨格や肌色、生活スタイル、理想のファッションを反映させるスタイリングサービス等、パーソナライズ化による有料サービスの展開などを行うことも考えています。
また、「XZ」アプリ内でも、複数のブランドやショップを横断したコーディネート提案からのコマース実装を進める予定です。
——多彩なレコメンドは、ユーザーの囲い込みには繋がらないのでは、といった疑問などもあるのではないでしょうか。
確かに、囲い込みは多くのブランドやショップにとって、目標の一つだったと思います。しかし、「XZ」のデータからもわかる通り、実際のクローゼットには他のブランドの服があり、毎日様々な組み合わせを楽しんでいるというのが、ユーザーのリアルなファッション体験であり、理想のブランドイメージや、自社商品オンリーの画一的なコーディネート表示のみを根拠に選ばれていくことは難しいということを、先進的なブランドや企業が考え始め、DXにも取り入れ始めています。
我々はプラットフォーマーとしての立場から、ブランドを横断したコーディネート提案の有用性と、シナジーによる効果を示していきたいと考えています。
——「XZ」の利用から累積された、ビッグデータの活用も進むでしょうか。今後の目標や展望も教えてください。
累積したビッグデータの分析を、販促や商品開発に提供することも考えています。ファッションのデータから、ライフスタイル、センス、感性などをうかがい知ることも可能ですから、例えば、コスメやインテリアなど、他ジャンルでも生かせると思います。
また、大量生産・大量消費から離れたサステナビリティの実現という、SDGsやエシカルの観点からの社会的な課題にも貢献するソリューションとして、成長していきたいと考えています。
購買動機を高めるわくわく感と、リアルな着回しの最適化・効率化を同時に実現する、AIによるコーディネート提案とクローゼットのオンライン化。ユーザー側にも企業側にとっても有用な仕掛けとして、データと合わせた活用が進みそうです。
商品選択から、購買後の活用状況、またリユースまでの流れに寄り添う仕組みでもあり、近年高まりを見せるファッション業界のエシカル・サステナブル対策に貢献するソリューションとしても、さらなる注目が集まりそうです。
- Written by:
- BAE編集部