2020.08.14

「リセット」と「リディファイン(再定義)」に対応するフードテックが食の未来を創る

ニューノーマル時代を知る フードテック編

これまでのビジネスや生活様式を変える新常識「ニューノーマル時代」の業界展望をお伝えするこの企画。今回はフードテック編です。
近年、人間の食とIT、サイエンス、バイオ等との融合によって、農業、医療、外食、小売り、家電、流通、不動産等の幅広い関連分野に革新をもたらしてきたフードテックですが、新型コロナウィルス感染症(以下、新型コロナ)の影響下で、既存のドライバー(成長加速要因)には変化が起きているようです。 ニューノーマルの時代、フードテックの潮流や生活者の食体験はどのように変化していくのでしょうか。また、企業はどのような目線でフードテックを捉えていくべきでしょうか。
7月に『フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義』(日経BP・共著)を上梓された、シグマクシスの田中宏隆さんにお話を伺いました。

目次

分解されたビジネスやソリューションの再構築が見えてきた

——食と人との繋がりを支えることから、永続的な伸長が期待される「フードテック」。新型コロナの影響下で、その潮流にはどのような変化が起きているでしょうか。

これまでは、主に「食にまつわる社会課題の解決」と「食の多様な価値の実現」という二つのドライバーがフードテックの成長を進めてきましたが、新型コロナの影響で、この流れがさらに加速しています。そもそもフードテックは非常に幅広く、多種多様なプレーヤーが参入する複雑な市場ですが、どのポイントにも変化が起きていると考えていいでしょう。

その中で新たに見えてきたのが、「リセット」と「リディファイン(再構築)」というキーワードです。 ロックダウンや外出自粛等の影響で世界的に食のサプライチェーン、バリューチェーンが分断され、外食産業を中心に既存のシステムやビジネスモデルが成立しにくくなりました。「このままでは飲食はまずいぞ」という空気を誰もが感じ取ったわけですが、その一方で、多くの面で食のもたらすコミュニケーションの楽しさや価値を見直すきっかけにもなったのです。
並行して、少しずつ今までにない価値が見え始めると同時に、考え方の切り替えも進み、ビジネスとしてもやれることが見えてきたという印象です。

——具体的には、どのような分断やリセットが起きたのでしょう。

例えば、農産物などの生産物が都市に流れにくくなったり、輸入・輸出のバランスが乱れたりといったことが起こりました。世界中から調達を行うグローバル経済の大前提が崩れだし、流通量が減ることで市場規模も縮小して、国内でも鶏肉やトウモロコシといったものの調達がばらつくといった影響が見られたのです。

一方で、食べ物が移動しなくなった分、CO2の排出量やフードロスが減り、人々の意識が地産地消に向かうなどの変化も現れました。経済的な合理性や効率化が優先されてきたことで生じた社会課題が、結果的に解決へ向かう傾向も見え始めたのです。また、環境と安全の両面に配慮したカトラリーや容器の開発なども、急ピッチで進んでいますね。

米国の「TerraCycle(テラサイクル)」はリユース可能なパッケージの製造や循環型Eコマースシステムを構築する「Loop」を展開。2020年秋からは東京都でも試験採用される

その他にも、フードセーフティーやフードセキュリティーの担保、飲食スペースの改革やデリバリー事業の拡大、社会基盤の維持に不可欠な医療従事者に健康な食を届けるためのフロントラインソリューションなど、様々な部分に以前と異なるシステムや考え方を取り入れる必要が出てきました。

「飲食店の前の歩道にも椅子とテーブルを置いてよいか」「デリバリー事業者の手数料は妥当か」など、法令に関わる部分の確認や見直しは、三密回避やソーシャルディスタンスの確保が求められる現在の環境下で整備が一気に進みそうです。
デリバリーチェーン、ミールキット、サブスクリプション、SNSなどのサービスが、ここ数年で暮らしの中になじんでいたのは幸いでした。対応力に優れる企業や飲食店は早急にビジネスモデルを切り替え始めるでしょう。

——その他に、コロナ禍におけるリセットの影響を強く受けたのはどのような部分でしょうか。

顕著なのが外食産業であり、お店に行く意味がリセットされてしまいました。提供サービスの見直しや店舗の価値を再定義する必要が出てきているのです。
まず、調理、配膳、金銭授受といったサービスを分解して考える必要があり、“接触型”のサービスはほぼ全て見直しが求められます。コロナ以前は「うちはまだロボットは入れなくてもいいかな」と様子見の状態の企業は多かったと思いますが、今後はロボットもどんどん活用して、“非接触型”が主になるという意識を持つ必要があるでしょう。
また、例えば週末だけ通常営業を行い、平日は冷凍販売とデリバリーを中心に営業するなど、営業スタイルや思想をダイナミックに変化させる企業・店舗や、それをサポートするサービスなども出てくると思います。

営業時間の短縮などでシェフがキッチンに立つ時間が減り、生活者が料理をする機会が増えたことで、両者を直接繋ぐソリューションなども注目され始めました。サービスを一度分解して、料理人の仕事を切り出すという考え方から生まれたものと言えるでしょう。有名シェフから料理を学ぶバーチャルライブや、シェフを自宅に呼べるマッチングサービスなどが活況を迎えています。

スペインの有名シェフ約150人による「I stay at home cooking」プロジェクト。SNSを通じてファンと交流したり、腕前やこだわりを披露することで、活躍の場を広げる
ミシュランの星を獲得したフレンチの松嶋啓介シェフは、レシピ動画を無料で公開

ユニークなところでは、米国でアメフトなどのスポーツ中継を行う「Fun ride(ファンライド)」社が、料理教室の配信とミールキットをセット販売する取り組みをスタートさせています。スポーツ中継画面内で、有名シェフが番組で紹介するメニューのミールキットを注文でき、届いたあとにログインすると、オンラインで作り方の動画が見られる、というサービスです。
このように、まったくの異業種がフードテック業界に飛び込んでくることも、珍しくなくなっていきそうです。

株式会社シグマクシス ディレクター 田中宏隆(たなか・ひろたか)さん
株式会社シグマクシス ディレクター 田中宏隆(たなか・ひろたか)さん
撮影/石川正勝

外食産業ではレストランがショーケース化する傾向に

——レストランや飲食店の役割や存在感なども変わりそうです。この点についてはどうご覧になっているでしょうか。

実は、数年前から外食産業はじわじわとアンバンドル(分解)化が進んでいました。
その場で料理をして提供するワンストップソリューションではなく、上流をセントラルキッチン化したり、下流では宅配やto goを中心にしたりといった取り組みが増えてきたんですね。

さらに、現状のようにお客さんが来ない状態が加速して、外食の意味や価値が見直される中で、分断したアセットをどう再構築するかというのが、今多くの飲食店が考えていることだと思います。例えばですが「料理自体はミールキットにしてECで全国展開して、店ではファンやインフルエンサーのみに食事を提供する」といった方法もあると思います。
特に、固定ファンがついている店は、いきなり全国区になれるチャンスでもあるのです。例えば、外出自粛中とある大学近くの「油そば」の店が1週間分の冷凍キットを発売したところ、全国の卒業生がこぞって購入したという話があります。店の規模に関わらず、「買う理由がつくれるか」がポイントになってきます。

——“店舗のメディア化”といったイメージでしょうか。

そうですね。”レストランのショーケース化”とも言えると思います。同じ店舗でも、昼と夜で別のシェフが違うコンセプトのレストランを開くなど、店舗のシェア化なども進むかもしれません。
今まではネットでは販売しそうになかったものも販売していい/できるという流れができていますし、ミールキットなども今までのように時短や利便性によって買われるのではなく、食に新たなバリエーションを生む楽しみの一つとして受け入れられるようになりました。

生活者のマインドや生活スタイルの変化を前提としたサービスや店づくりをしていくのが、飲食店やフード関連ECのマネジメントにおいて、重要な部分になるでしょう。オンライン飲み会が人気ですが、それに向けた個室やブースのような店舗や、宅配メニューの開発・提供なども拡大するかもしれません。
これから先、「人々はどこで何を食べたいと思うか」を見極めながら、「人々にどこで何を食べて欲しいのか」をアプローチしていく必要があります。

期待のテクノロジーは代替肉、冷凍技術、植物工場など

——その他に、今後注目される分野やサービスなどにはどのようなものがあるでしょうか。

調理や配膳に役立つフードロボ、スマートベンディングマシンやECサイト、パーソナライズドレシピなどは、コロナ前と変わらず順調に伸びています。国内の大手飲食メーカーも、パーソナライズフードやドリンクの開発に乗り出し始めました。ユーザーの好みや健康状態に合わせた“医食同源サービス”は今後人気を集めるでしょう。

ただ、パーソナライズ化されたサービスは「大量生産・大量消費」で稼ぐことを前提に作られた今のビジネスモデルをそのままスライドして創ることができません。工場をフルパーソナライズ化することも難しいので、まずはユーザーの選択肢を増やしたり、個人ごとにメニューの組み合わせを変えたりといった“カスタマイズ”で対応するというのが現実的な落としどころでしょう。

そこでポイントになってくるのが、「体調に合わせてスムージーを調合する」「もう一品プラスして栄養を補う」など、根拠となるロジックを提供できるかどうかという点だと思います。
ヘルステックと結びつけることで、例えば「個人の健康情報と市販品の栄養価を照らし合わせて、買い物やメニュー選びの参考にできる」といったサービスなども考えられます。テクノロジーとしては既に可能ですから、今後どの分野の企業が取り組むのか、期待の持てるところです。

英国では「Vita Mojo(ヴィータモジョ)」と「DNAfit(ダナフィット)」が連携した、DNA検査に基づくパーソナライズフードのレストランが実現。約900万通りの料理を提供

ニューノーマルの時代を迎えて、米国を中心にさらに需要が拡大しているのが、植物由来の代替肉です。背景には、新型コロナの影響による精肉の出荷量の減少や、生活者による畜産への心理的な抵抗感があります。
品質がぐっと向上して、一般のスーパーや直営のECでも購入できるようになり、「食べてみたら美味しかった」という感想が増えたことも普及に影響しているでしょう。日本の食卓には、すぐに馴染むかどうかはわかりませんが、じきに普及すると思います。

「Impossible Foods(インポッシブルフーズ)」と「Beyond Meat(ビヨンドミート)」の二強が台頭。シグマクシスの試算では、両社の時価総額は合計800億円前後に上るという

国内でより注目されているサービスや技術で言うと、「TABETE(たべて)」のようなフードロスの解消に寄与するプラットフォームや「DAY BREAK(デイブレイク)」のような企業が展開する急速冷凍技術など、食品の持ち帰りや保存、ロスの削減などに役立つ技術が挙げられます。

外食・中食事業社が余ってしまった料理を1品から販売できる「TABETE」。飲食店、ユーザー、環境の三方に貢献する
特殊な急速冷凍技術×ITで流通やフードロスの課題に取り組むデイブレイク社はフローズンフルーツのECサイトを展開。保存や持ち帰りの面でも冷凍技術のニーズが向上

——食糧自給率や地産地消などのテーマも今後の社会的な課題となりそうですが、食材の開発などに関する取り組みも増えているでしょうか。

そうですね。例えば、「PLANTX(プランテックス)」によるサイエンスとAI、閉鎖型装置などを利用した、植物栽培装置や人工光型植物工場の開発などが注目されています。
「最先端のエンジニアが本気で農業に取り組むとこうなる」というような、近未来の地産地消といったイメージです。近い将来、「バーティカルファーミングや倉庫などで野菜を栽培して、近隣のセントラルキッチンに運ぶ」といったことが実現しそうです。人が集まらなくなったイベントスペースや、大きなビルの空きフロアなど、植物工場として活用される日がくるかもしれません。

東京都・京橋にある「PLANTORY tokyo」はプランテックスによる最先端の植物工場兼研究施設。世界的にも高い生産力を誇り、味や栄養価の調整にも取り組む

食に対する理念を共有する協業、集合知が未来を創るカギ

——今後、企業がフードテックや食ビジネスの展開や再構築に取り組む際に、ポイントになってくるのはどのようなことでしょうか。

食の「リセット」と「リディファイン」に対応していくには、“外部とのコラボ”が大前提になると思います。いかに早く外部と組み、一体となってサービスを作れるかどうかは大きなポイントです。
食品か、流通か、家電か、バイオか、レシピサイトとか、また大企業か、ベンチャーか、個人か、研究室かといった垣根を取り払い、柔軟に人や資産を出し合ってプロジェクト化したほうが、成功率は上がります。

企業が単独で新規事業開発部門を立ち上げることも重要ですが、それだけでは意外に自由度が低かったり、リソースが限定的だったりします。また、プロダクトやソリューションの開発という面でも顧客価値を実現するために単独でできることは本当に少ないです。結果として、スピードと成功確度という観点でも社外と組むほうがプラスになると考えられます。

先述の事例のように、「ブロードキャストが料理教室を配信する」「エンジニア集団が植物工場を作る」といったように、異業種の参入や役割の変化も柔軟に行われるべきでしょうし、そこに大企業がどのように人やアセットを拠出するかといった点も、大きなテーマになってくると思います。
食は、デジタルやバイオと違って、ベンチャー等が単独で跳ねることが難しい世界です。大手のチャネルに依存する部分がどうしても出てきます。

——「美味しい人工肉や工場野菜が出来ても、食品リテールやファストフードがそれらを使わなければスケールしづらい」といったことでしょうか。

その通りです。「どこか1社に任せましょう」というよりも、目的を共通化して一緒に取り組むなど、人と食のことを本当に考えている人たちの“想い”をベースに繋がるべきだと思います。
企業間の融合やコラボは他の産業でも進んでいますし、ここ3、4年でそういう流れは加速していますね。現状でも、1対1ではなくN対Nのコラボレーションにおいて、様々なプレーヤーが解を求めて試行錯誤を続けています。はっきりとした正解はまだ出ていませんが、以前よりも、複数企業のコラボがやりやすくなったという点で、良い時代が来たと考えています。

——世界的にも、そのような流れは見られるでしょうか。

各国も自国の食文化と課題に合わせて、大手が旗を振るか、産学官が入り混じるか、様々ではありますが、協力してサービスを考える流れになっていると思います。

グローバルで、食関連ビジネスに取り組む人々で雑談などしていると、「コロナによる分断で、食はこのままローカル化してしまうのか」という議論によくなるのですが、たいていの場合「いや、グローバルでのビジネスやコラボも、やりたいと考えたら挑戦しよう。ローカルでやりたいことはローカルでやればいいし、繋がりたいと思えば意思を持って繋がろう」と。やはり、最終的に大切になってくるのは、意思や想いといった部分ですね。

そのためには、「これから先、誰にどこで何を食べてほしいか」というぶれない視点をキープすることが重要だと思います。私たちも、食に関するグローバルのオンラインイベントを立ち上げるなどの取り組みを始めました。これからも、北米、欧州、アジア等々、世界各国のプレーヤーと共に、世界中の情報、動向、技術、人を繋ぐことで、食の新たなビジョンの実現に貢献していきたいと考えています。


ニューノーマル下でのデジタル化や省人化を中心に、ますます進化が加速するフードテック市場。既存のビジネスモデルのリセットとリディファインへの柔軟な対応と意識改革が求められています。
今後のサービスやソリューションを形成する際には、ビジョンに合わせた異業種を含めた外部とのコラボや、人や資産の交流などを含めた柔軟なチーム作りを実現していくことが、勝機を分ける展開となりそうです。

Written by:
BAE編集部