2019.10.15

スマートシティの中核を担うMaaSがもたらす「新しいモビリティ社会」とは?

自動運転で変わる社会、移動手段の最適化が生み出す経済効果

出典:SIDE WALK LABS(https://sidewalklabs.com/streetdesign/
テクノロジーによって、都市まるごとをIoT化する「スマートシティ」。さまざまなモノがインターネットでつながることは、利便性と生活の質の向上につながるといわれています。その中心的な役割を担うのが、人間中心の新しいモビリティ社会を実現するMaaS(Mobility as a Service)です。

では、スマートシティが実現すると、私たちの生活はどう変化するのでしょうか?

東京大学 博士(工学)であり、将来の交通社会を描くスペシャリストでもある、一般財団法人 計量計画研究所 業務執行理事の牧村和彦さんに「スマートシティの現在地、MaaSが変革する社会像」についてお話を聞きました。

目次

社会課題を解決する「スマートシティ」

——まず、スマートシティの概要について、あらためて教えてください。

スマートハウスは、家のIoT化。スマートシティは、都市のIoT化を指します。どちらもインターネットによってモノがつながる、という構想は同じですが、スマートシティは個ではなく、社会全体に寄与する仕組みです。

世界の都市は現在、さまざまな問題を抱えています。交通渋滞、環境汚染、エネルギー消費の増加、そうした社会課題はスマートシティによって解決できると考えられています。ですから現在、日本を含めた世界各国がスマートシティ化に歩みを進めているのです。

そのなかで、重要になるのがモビリティの役割です。電車や自動車、飛行機など、これまでも人類の歴史、進歩には常にモビリティが深く関わってきました。

スマートシティにおいてもそれは同様です。具体的には、電車やバス、自動車から自転車に至るまで、さまざまな移動手段が統合され、まったく新しいライフスタイルが創出される「MaaS」が重要な役割を果たすことになるでしょう。

MaaSでは、すべての移動手段は“ひとつ”になり、目的に合わせた選択が可能になります。そこには電車やバスなどの公共交通機関はもちろん、カーシェアやシェアサイクル、自動運転カー、スローモビリティや小さい交通なども含まれます。

そのすべてがスマートフォンさえあれば簡単に利用可能でき、そしてこのMaaSこそが、都市の抱える主な3つの課題を解決する要でもあるのです。

スマートフォンを通して、いつでもどこでも誰とでも移動できる新しい社会を創造し、あたかもポケットの中にすべての交通があるような感覚を創出する「MaaS」出典:MaaS Global社(https://www.slideshare.net/InfinITnetvaerk/whim-mobility-as-a-service

——MaaSによって新しい選択肢が提供されると、交通情報が共有されるため渋滞は緩和され、地球環境も改善される、ということなのですね。ちなみに、スマートシティの実現に向けて世界が動き始めたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

スマートシティが注目されるようになったのは、2015年に、アメリカの交通省が「スマートシティ・チャレンジ」という、交通・運輸分野の新しい技術の応用アイデアを都市間で競うコンペを開催したことに端を発しています。

優勝したのは、オハイオ州コロンバス。そこでもやはり「交通」と「モビリティ」が提案の中心にありました。

交通システムを改善することで、低所得者向け医療・福祉サービスの充実を目指す。そのために医療機関の予約サービスと交通データシステムを統合することで、診療日に、自動運転カーが自宅まで迎えに来ることなどを実現。さらに信号や街灯などのIoT化、誰もがモビリティの利用しやすい環境を整えることで、経済的な格差の改善までを目指した内容となっていました。

このコンペは同時に、前述した社会課題を、成熟したICTの技術によって解決できる機運が高まったとアメリカが判断したことを示していました。そしてこれが契機となり、世界がスマートシティ化へと動き始めたのです。

オハイオ州初の自動運転シャトル「スマートサーキット」の動画。2018年12月から2019年9月まで実証を行い、1万5000人を超える人々が利用した。自動運転バスは、地域のコミュニティを支える移動手段として期待されている

MaaSと自動運転がもたらす「経済効果」

——現在、スマートシティ実現において、いちばん進んでいる都市はどこなのでしょうか?

Google系の企業が進めているカナダのトロントでしょうね。同社が作成した都市計画の資料は1500ページを超える膨大なもので、その中では、技術革命によって達成される新しい街のカタチが提示されています。

Google系の企業がスマートシティ化を進めるカナダのトロント 出典:Sidewalk Labs Tronto(https://www.sidewalktoronto.ca/plans/quayside

(1)公共交通(ライトレール:次世代路面電車)の延伸の加速
(2)徒歩や自転車にやさしいエリアの構築
(3)マイカーに代わる新しいモビリティを提供し、自動車を保有しなくても生活できるようにする
(4)地下空間を活用した配送ネットワークにより、物流の効率化を図る
(5)人やモノの流れをモニタリングし、MaaSを通して交通を最適化する
(6)人間優先の街路デザインを実現する

特に注目すべきは、(3)です。具体的には、地域住民や従業員を対象にした月270カナダドル(およそ2万2140円)の定額パッケージで、トロントの公共交通、シェアサイクル、電動スクーター、配車サービスなどが使い放題になります。

さらにこのプランでは、マイカー1台を2人で保有し続けた場合と、マイカーを保有せずにMaaSを利用した場合の年間コストを試算しており、MaaSに移行すると年間4000カナダドル(およそ32万8000円)のコストが削減できるとしています。

加えて、スマートシティ化によって、2040年までに直接雇用で4万4000人以上、合計9万3000人の雇用が新たに創出され、GDP(国内総生産)で年間142億カナダドル(およそ1兆1644億円)、税収増は43億カナダドル(およそ3526億円)、89%の温室ガス削減の実現が可能であると試算しています。

つまりスマートシティは、人々の生活の質を向上させるだけでなく、経済効果も大きい施策なのです。

——MaaSによってカーシェアリングが主流になり、マイカーの保有率が下がると、どのような影響が考えられるでしょうか?

車が売れなくなると言う方もいますが、私はそう考えていません。スマートシティにおいては、マイカー保有率は現在の半分ほどになると推測されている事例もありますが、一方でカーシェアの車は増えますから、総量は変わらないのではないでしょうか。

さらに現在と違い、平日や日中もカーシェアの車は稼働することを考えれば、むしろ回転率が向上し、生産数は増加する可能性もあります。

また、個人が保有するマイカーにおいても、現在のような一部自動運転ではなく、完全な自動運転が主流となる日も訪れるのでしょうが、当初はかなり高額になるはずです。となれば、買うのではなくシェアする方が経済的だと多くの人は考えるでしょうから、カーシェアの利用はさらに加速するものと思われます。

加えて、スマートシティによって移動コストが安価になることで、これまでマイカーの維持費や交通費として消費されていたお金が削減されます。これによって、新たな消費が生まれると私は予測しています。

——現在、スマートシティを進めるにあたり、どのような課題があるのでしょうか?

スマートシティのなかには「データ都市構想」といって、人流を把握する目的で、街中に防犯カメラやセンサーを設置する計画があります。

中国の北京郊外にある「雄安新区」は、自動運転の実験区として世界的に知られるエリアであり、スマートシティ化も進んでいます。同地区は、支払いもほぼキャッシュレスで、“防犯”を目的に無数の防犯カメラが設置されているのですが、これをある種の「監視」だと捉える人もいます。

人の流れを把握できれば、集中しているのならば分散させるなどの対策を講じ、最適化することができます。しかしプライバシーの問題がそこには生じますから、個人情報をどう扱うかが最大の課題といえるでしょう。

ちなみに日本の場合ですと、個人を特定しない範囲の情報だけを取得する、人流を把握するためのセンサーは、いくつかの都市で実験的に設置されています。

——日本におけるスマートシティの現在地とは、どのようなものなのでしょうか?

まさに“これから”の段階です。今年、日本におけるスマートシティのモデルとなる15都市が決定。今後、都市ごとの課題を明らかにし、それをテクノロジーによって解決することを目指していくところです。

なお現状の構想 としては、以下の3つが挙げられています。
・【医療MaaS】茨城県つくば市:顔認証技術を活用し、バスに乗るだけで病院受付が可能にする。
・【観光MaaS】栃木県宇都宮市:観光地やイベントにおける人流データ分析、モビリティサービスの導入による地域活性化を目指す。
・【観光MaaS】静岡県:3次元点群データを用いた仮想県土「VIRTUAL SHIZUOKA」と連携し、移動や災害対応の効率化、迅速化を実現する。

移動手段の最適化がもたらすライフスタイルの変化

——来る2020年に向けて、スマートシティ化の動きは加速しそうですね。スマートシティ、そしてMaaSの実現により、私たちの生活にはどのような変化が訪れるのでしょうか?

スマートシティ、そしてMaaSの実現により、利便性が向上し移動コストが低下することで、高齢者をはじめ多くの人々が今まで以上に気軽に外出できるようになるでしょう。また、高齢化社会が進むなか、シニア層の行動範囲が拡大すれば、シニアをターゲットとした新たな市場や消費が生まれるかもしれません。

加えて、街に人の往来が増えれば、商業施設は自然と潤い、消費も増加するという好循環が生まれることで、街はさらににぎわい、活性化していくでしょう。

——スマートフォンを起点に、移動手段の最適化を実現する「MaaS」。今後ますます、スマートフォンが持つ役割は拡大していきそうですね。

スマートホームを見てもわかるように、私たちのライフスタイルはIT化が進み、スマートフォンを起点に、多種多様なサービスを利用、操作できることが当たり前の時代となりました。

すでに、福岡では、公共交通(バス・鉄道・地下鉄など)、自動車(タクシー・レンタカー・自家用車など)、自転車、徒歩など、さまざまな移動手段を組み合わせてルートをスマホで検索し、必要に応じて予約・決済まで行うことで、移動をサポートするアプリケーションサービスの実証実験(マイルート)が行われるなど、スマートフォンの活用の幅はさらに広がりを見せています。

今後、MaaSだけに限らず、あらゆるものが、スマホが起点となり、私たちの生活に大きな影響を与えるはずです。そのなかで都市をIoT化する「スマートシティ」、特にその中核を担うMaaSは、利便性を高めるだけでなくさまざまな経済効果をもたらし、私たちの生活を大きく変えていくでしょう。

一般財団法人 計量計画研究所 業務執行理事、研究本部企画戦略部長 牧村和彦さん

次世代通信システム5Gが始まると、社会のIoT化は更に進み、人々のライフスタイルは大きく変わっていきます。その先にある「スマートシティ」は、あらゆる利便性を高め、多くの経済効果を生み出します。その中でも自動車や交通機関などのモビリティを最適化するMaaSが果たす役割はとても大きなものです。
今後、新しい街づくりを推進していく不動産デベロッパーや住宅・建設企業だけでなく、小売・流通サービスなど、生活者の新しい需要と共に、新しいサービスやビジネスが誕生するでしょう。

Written by:
BAE編集部