5G時代の幕開けを控え、動画による情報流通がこれまで以上に活発化してきています。数年前から注目されている個人発信のYouTuberもさることながら、今後さらに注目していきたいのは企業自らの動画による情報発信です。実際に、ソフトバンクは東京電力といった大手企業が自社の記者発表会を動画でライブ配信したり、社員がYouTuberとなって情報を発信したりと、これまでのメディアを通じた報道や、テレビCMとも違う「企業発信の動画」が現れています。
企業が届けたいニュースを動画にし、独自の動画配信ネットワークを通じて、セグメントされたコアユーザーに届けるビデオリリースサービス「NewsTV」の代表取締役 杉浦健太さんに、「企業発信の動画」の潮流や今後の発展についてお話を伺いました。
企業が自ら消費者に情報を発信する時代になってきた
——ここ数年、毎年のように「動画元年」ということがいわれてきましたが、実際に動画への流れが変わったターニングポイントはいつ頃と感じていますか。
確かに、2013年頃から毎年のように「動画元年」といわれていましたが、実際にその環境が整ったのは2015年だと思います。その背景には、SNSなど動画を視聴するプラットフォームが整ってきたことと、視聴デバイスであるスマホが普及したこと、そして通信状況がよくなったことがあります。
加えて、2019年くらいから情報の流通も変わってきたと感じています。
PRの例で言いますと、今まではリリースや記者発表会をもとに、メディアが取材して記事として一般消費者へ配信していました。しかし、昨年からはメディアを飛ばして、企業が直接、消費者にコンタクトをとるケースが増えました。
——御社のサービスもまさに、企業から直接消費者に情報を届けるスタイルですね。
はい。従来の手法ですと、記者会見をしても、メディアが来て報道してくれないと「PR」は成立しません。来てもらったとしても、メディアが取り上げたがるのはゴシップや芸能ニュース的な箇所がメインで、実際の商品アピールにつながらないこともあるのです。
とはいえ、一般消費者にメッセージを届けるためには、商品の情報に加えて、興味を持ってもらうためのコンテンツ性も求められます。その点は従来のリリースと変わりません。
——動画によるPRという手法には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
私たちはそれを「ビデオリリース」と呼んでいるのですが、テキストによるプレスリリースと比べると、伝えられる情報量が圧倒的に多くなります。ビデオリリースは、1分間前後の尺が多いのですが、情報を1分間の動画にするだけで、文字と画像だけでは伝わらない商品の質感や背景が伝えられるようになるんです。一説では、1分の動画から発信できる情報量は、ホームページ3600枚分にも相当するといわれています。
——とはいえ、情報流通量が増えた現在、1コンテンツにどれだけの情報量を含めるのか、判断が難しそうですね。1分間という時間にはどういう意味があるのでしょうか。
私たちも動画の時間に関しては試行錯誤をしてきましたが、最初はもっと長かったんです。テレビ番組の「ワールドビジネスサテライト」の「トレンドたまご」というコーナーをイメージして始めたので、最初はレポーターも別途手配してリッチな動画を作成していたのですが、結局、長いと最後まで見てもらえない。不必要と思われる要素をそぎ落とした結果、今のフォーマットになりました。1分間というのは対象物の背景や特徴まで踏み込むことができる、ちょうどいい尺だと考えます。
これまでの当社の事例では、カシオ計算機株式会社さんや、名刺管理サービスのSansan株式会社さんのビデオリリースが、動画に情報を上手く落とし込むことができた好例だと思います。Sansanさんの場合だと、動画を見ていない人に比べ、見ている人の利用頻度が2桁ポイントほど上がったそうです。
動画の役割を把握し、使い分けることが大事
——一方で、企業側としては1分では足りない、もっと情報を詰めたいと要望される方もいらっしゃいそうです。
そういうご要望は多いですね。もちろん、10分の動画でもつくることは可能ですが、ネットワークでの配信は行いません。ビデオリリースはネットワークを通じて配信され、主にSNS上で視聴されることが多いのですが、やはり、SNSの利用者は広告動画に10分も時間を割いてくれないのです。その場合は、会社のホームページなどにおいてもらいます。
——最近では、6秒の動画CMというのも増えています。
15秒や30秒のテレビCM、YouTubeの冒頭で再生される、6秒のいわゆる“バンパー広告”などは、認知には適していますが、尺が短かすぎるために深い情報は伝えられません。逆にいえば、それぞれの動画の役割を理解して使い分けたり、組み合わせたりすることが大事です。例えば認知のためにはテレビCMや“6秒バンパー”を使用し、理解促進のためにSNS視聴を前提とした1分間のPR動画を利用するといった使い分けをすることで、刈り取りまでの立体的なプロモーションを組むことも可能です。
——御社のビデオリリースは、基本的にスマホでの視聴を前提にされているとのことですが、動画をスマホに最適化する中で、工夫されていることはありますか。
数多くあります。弊社では一秒ごとの離脱データを収集して、これまで勘と経験だった動画制作にデータの活用を取り入れています。例えば、イベントレポートの動画は、つい会場を俯瞰した全体風景を入れたくなるのですが、スマホの小さい画面で視聴する上では、そういった細々とした絵は視聴者に見られないということがわかってきたので、現在は避けるようにしています。また、1カットは3秒以内に収めると見られるということや、最適な字幕の文字数などもさまざまな検証の中でわかってきています。
——スマホでいつでもどこでも動画が見られるようになって以来、電車の中など音を出せない環境で視聴するシーンも増えてきています。ですので、字幕の作り方も大切な要素となりそうですね。
そう思います。一方で、静止画と字幕だけで構成するニュースやPR動画も出てきています。ですが、それではパラパラ漫画や以前流行ったFLASHバナーと変わらないため、いずれ飽きられてしまうのではないかと思います。個人的な意見ですが、私たちが見ている世界は静止画ではなく動的なものなので、やはり情報はちゃんと動画にしたほうが、より見てもらえるのではないでしょうか。
——ビデオリリースに適したテーマといったものはありますか。
記者会見やPRイベント、展示会、販促、ブランディングを目的としたニュース動画。あと、期間限定のポップアップショップの初日に撮影に入って、開催期間中、動画を配信するというところもありました。イベントがない場合は、インタビューだけで動画を構成することもあります。時期的にオリンピックやパラリンピックに関連したCSR動画も多いですね。人材採用系では、新卒採用サイトの情報を動画に落とし込むような形で行っています。
——動画制作は時間がかかるイメージがありますが、実際の制作時間はどれくらいなのでしょうか。
記者会見の場合は、最短で当日アップしています。例えば午前中に発表会があった場合、その日の夕方から夜にリリースすることもできます。ビデオリリースの動画は基本的にはフォーマットに沿って作っています。事前に何をピックアップするか打ち合わせをしておいて、先にもらえる素材はもらって準備していますね。当日は、必要なところだけ組み合わせて配信することで、時間の短縮を図っているのです。
企業発信の動画は今後「フルオープン」に
——これから動画による情報発信はどのように変わっていくとお考えですか。
5Gが浸透してくるのはこれからだと思いますが、去年くらいから情報の流通が変わってきたと感じています。1つは先にも触れましたが、企業がメディアを飛ばして、一般消費者に直接情報を届けるという傾向が顕著になってきていること。例えば、SNSで大企業の代表が投稿した内容が拡散して、それをメディアがニュース化するということがありました。これと同じことは、動画にも起こると思います。
——より企業の動画発信が広がってくると。
そうですね。動画はお金をかけようと思えばいくらでもかけられますが、スマホを使えば0円でも配信することができます。今後はそういった身近なツールを使って企業が自分たちで気軽に情報を発信する時代が来ることになるでしょう。今や消費者は動画を見て商品を買う時代になりました。今まではCMの動画をアップしておくだけだった企業YouTubeアカウントが、今後はオリジナルコンテンツを発信していくと思います。その先駆けが昨年始まったトヨタ自動車さんの「トヨタイムズ」ですよね。
——動画による企業発信の自由度が増す一方で、気になるのが炎上対策です。
やはり社内での校正校閲や法務チェックなどの、チェック体制は万全にしておくべきでしょう。しかし、「トヨタイムズ」を見ていると、労使交渉の模様を動画で配信するなど、かなり大胆な試みもしています。炎上に対しての備えも大事ですが、今後はそういった、フルオープンの発信が増えていくのではと考えています。
——AIなどの最新テクノロジーが、動画配信にもたらす影響はありますか?
動画の分析や検証にAIが活用できそうです。もしかしたら、いつかAIが撮影素材を振り分けて、自動でビデオリリースをつくる時代がくるかもしれませんね。
今後、企業にとって動画による情報発信が主流となっていきそうです。特に5Gが進むことで、その流れは大きくなるでしょう。そんな時代に各企業はどう対応していくべきなのか。動画はさまざまに編集することはできるとしても、テキストよりもありのままを伝えることができる伝達手段でもあります。情報の内容によっては、あえて動画で「フルオープン」で伝えることが自社に有利に働くこともあるのかもしれません。
- Written by:
- BAE編集部