日本に訪れる外国人が年間3,000万人を突破し、近年インバウンド(訪日外国人誘致)に力を入れる地方自治体や観光関連企業が増えてきました。その成果もあり、地方の観光地でも外国人観光客と出会うようになってきましたが、有名な観光資源を持たない地域では、1泊以上の滞在客が少ないのが現実です。
そんななか、広島県尾道市内に開業当初の想定を超える数の外国人旅行者を集めている宿泊機能を備えた複合施設「ONOMICHI U2」があります。
この結果はなぜ生まれたのでしょうか。その背景や訪日観光客をひきつける地域の魅力、PR方法をONOMICHI U2 マーケティング&コミュニケーション部統括井上善文さんに語っていただきました。
写真クレジット:photo-Tetsuya Ito / Courtesy of ONOMICHI U2
――ONOMICHI U2は、どのような課題を背景に作られた施設なのでしょうか。
この事業は、自治体の海運倉庫の利活用のコンペティションに参加してスタートしました。日本人観光客には尾道の知名度はあっても、あくまで「通過型観光地」であり、市内の宿泊施設の数も限られています。いかにして通過型から滞在型にしていくか、という課題が当初ありました。
通過型から滞在型にするためには、特色があり、滞在する動機付けがあるホテルが必要だと提案したのがONOMICHI U2です。ONOMICHI U2は、自治体の観光施策の一環でサイクリングロードとして整備し訴求していた全長70㎞に及ぶ「しまなみ海道※1」に集まるサイクリストに、尾道でも滞在してもらいたい、ひいてはサイクリストの聖地になりたいという思いから計画した施設です。計画時点ではインバウンドはあまり意識していませんでしたが、ホテルの外国人宿泊客が増え始め、今ではおよそ3割に達しています。
施設全体の設計はあくまで複合施設。その内部には、自然素材を内装に用いつつもクールなデザインのホテル、レストラン・カフェ、ベーカリーショップ、物販店舗が共存します。 宿泊客にも買い物やカフェに訪れる人にも、長時間滞在してもらえるよう、ひとつの街に見立て尾道の商店街を歩く感覚で朝から夜まで楽しめる空間をつくりました。地元からの来店も多いので、地域の雰囲気を感じられるなかで泊まれるということも、ローカルの生活や人に触れたいという外国人のニーズにマッチし、結果的に外国人にも支持される理由になったかもしれません。
――尾道でサイクリングが注目されたきっかけは何だったのでしょうか。
ONOMICHI U2のオープンは2014年3月。同年の日本全体の訪日客数は1500万人に満たず、現在の半分程度でした。瀬戸内エリアに訪れる割合も低かったと思います。ところがちょうど2014年に、しまなみ海道がアメリカのニュース専門局CNNが選ぶ「世界7大サイクリングロード」のひとつに選ばれました。同年秋には国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ」が開かれたことで、しまなみ海道が海外でも知られることになりました。サイクリングが盛んな西ヨーロッパ、一般の観光目的も含めるとアメリカからの訪日客が目立ちます。
――外国人の方々のどのようなニーズに「尾道」の魅力が響き、なぜONOMICHI U2に足を運ぶ外国人観光客が増えたのでしょうか。
尾道はコンパクトな市内に情緒ある古い町並み、瀬戸内海の爽快な眺望が共存しているので、以前からバックパッカーが多い土地柄です。そこに瀬戸内海の島々の間を自転車で駆け抜け、四国と本州を往来するという、サイクリストにとって唯一無二の魅力的なアクティビリティが加わったことで、よりインパクトをもたらしたのではないかと思います。
また、東京、大阪にはない魅力を目的やターゲットを絞った形でアピールしたことで、訪日の目的が爆買いから体験に、つまりモノからコトに移りつつあるトレンドとも合致したことだと思います。例えば同じ外国人観光客でも国によってサイクリングの楽しみ方は異なりまして、ツール・ド・フランスのようなロードレースが発達したヨーロッパ系の方はスポーツサイクリングを好まれますし、一方でアジア系の方はポタリングと言いますか、ミニベロに荷物を積んで旅そのものを楽しむ方の割合が多いですね。スポーツサイクリング寄りのONOMICHI U2はヨーロッパ系の方に多く足を運んでいただいています。
――同じ外国人といっても一括りにしないで、例えば国別やエリア別にニーズを把握して、適切な誘致施策を打っていくことが大事なんですね。
はい。また、右肩上がりに訪日客が増えるなか、出身国の幅が広がり、リピーターや個人客の割合が高まってきたことも好機となっています。尾道市の他のホテルからも宿泊客が増えていると聞いています。
――具体的な誘致をして行っている施策を教えていただけますか。
行政と連携していることが良い影響をもたらしています。今はせとうちDMOやしまなみJAPAN(一般社団法人、日本版DMO※2組織として尾道市内に設立)が加わり、外国に向けたしまなみ海道とその周辺エリアのPRを積極的に行っています。
そのなかでサイクリングイベントのスタートとゴールを同じ場所に設定するなどし一歩通行ではなく戻ってくるような流れ、必然的に滞在型を促すということもしました。
地域として、外国メディアの招致ツアーの企画やしまなみの風景の映像提供などを行い、各国メディアからしまなみ海道の名が世界に広がりつつあります。
行政や地域内での連携は、ONOMICHI U2の外国における知名度向上に欠かせない取り組みとなっています。
その結果、外国人宿泊客に来ていただけることで、国内からの宿泊客が少ない平日の連泊が増え、稼働率が上がっています。団体客をとる規模ではないHOTEL CYCLEにとって、年間をとおした宿泊の平準化は大きな課題なので、その点でもプラスになっています。
――体験価値を上げるための取り組みなどされていますか。
ONOMICHI U2ではショップに瀬戸内エリア内からセレクトした商品をそろえています。置いておけば買ってもらえるほど甘くはないので、その商品の使い方、楽しみ方を提案するようなワークショップを定期的に開催しています。例えば、しまなみの地域内で作られているアロマオイルの生産工程の一部を体験してもらう企画は好評でした。
ONOMICHI U2ではホテルも含め施設の内装などを和風にすることや、視覚的に尾道を感じてもらう工夫はあまりしていません。外国人は想定していない施設の使い方、感じ方をされます。例えば天井が低めの部屋、照明の暗さが茶室にこもるような感覚と言われ高評価につながったり、逆に海沿いのボードウォークに屋根をつけても利用されなかったり――、さらに普段は日本人しか参加しないワークショップに飛び入りで参加されて地元の人と交流を楽しんだり、私たちの思いとお客様の楽しみ方はイコールではありません。
――海外の方々にアピールするにはどのような視点を持って、どのような仕掛けを実施していけばよろしいでしょうか。
国ごとの分化、価値観などに合わせた施策が必要です。バイリンガルの対応以外には、ONOMICHI U2内に尾道や瀬戸内地域のコンシェルジュ機能を持ちたいと思っています。
現時点で、ONOMICHI U2や地域に対する外国人観光客のリピーターは少ないので、今後獲得をけん引していくためにも必要な機能です。今でもサイクリストからしまなみ海道の走り方や、尾道の後の観光ルートを聞かれます。今は「旅マエ」「旅ナカ」問わず、スマホやSNSで事前に情報を得てくる人が多いため、さらに満足してもらうためには、地域を紹介するパンフレットを置くだけでなく、ひとりひとりのお客様に合わせた柔軟でユニークな提案ができる人材が重要になります。そして、様々な切り口から観光地の見せ方を考えていくことが大切ですね。
今、新たな集客の取り組みとしては、サイクリングファッションのグローバルブランドRapha(ラファ)と連携しています。海外の店舗内にてPRをしたり、U2内にポップアップストアを設置したり、自転車イベントを企画して、Raphaが設立したサイクリストのための世界最大のコミュニティに発信することで、世界のRaphaの愛好家にONOMICHI U2やしまなみ海道に来てもらうことを期待しています。
インスタグラムをはじめとしたSNSに対応したフォトジェニックな仕掛けなども行っています。SNSで情報を取る方が多い国もあるので、そのあたりの拡散されやすい仕掛けももちろん考えています。
これからも地域と連携しながら、もっと尾道や瀬戸内の観光資源の魅力を広げていき、ONOMICHI U2が尾道観光の拠点になるよう施設独自のホスピタリティにも磨きをかけていきたいと考えています。
観光を軸とした地域振興の課題の一つは「通過型」から「滞在型」への観光地となること。
ONOMICHI U2 は、地域との連携、宿泊のみならず買い物や食事もできる複合型施設とすることで、長期で滞在する意味や価値を生み出し、「滞在型」の観光地としてインバウンド集客に成功しました。さらに同施設が「ハブ」となることで、ホテルと町を回遊してもらい、尾道という地域全体が潤うという役割も果たしていそうです。
インバウンド施策は、国別やエリア別のニーズ把握と、適切な誘致施策、「モノからコトへ」と体験価値に重きを置いた「滞在型」への取り組みがポイントとなりそうです。
(注釈)
※1しまなみ海道 西瀬戸内自動車道の愛称。広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ。自転車歩行者専用道路が併設され、特にサイクリングルートは海上を自転車で渡れる珍しい道(自転車は有料)としてサイクリストに高い人気がある。
※2日本版DMO 地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人(観光庁の規定)