新型コロナウイルス感染症の強い影響を受けたインバウンド消費。見通しも立ちにくい状況ではありますが、店舗側が今後を見据えた段階で進めておける準備や施策としては、どのようなことがあるのでしょうか。
直近まで、訪日外客数は2018年には過去最高の3119.2万人(前年比+8.7%)に達し(※1)、消費総額は、2019年で4兆8,135億円に上るなど(※2)など、順調に推移していました。国内経済の中で重要な役割を果たすインバウンド消費を伸ばすために、店舗や企業は今後どのような具体策を検討すべきでしょうか。商品情報翻訳サービス「Payke(ペイク)」を展開する、株式会社Paykeの古田さんにお話を伺いました。
※1) 訪日外客数 日本政府観光局(JNTO) 2020年1月17日
※2) 訪日外国人消費動向調査 観光庁 2020年3月31日
——現状、インバウンド消費額の国別・地域別のシェアはどのような構成でしょうか。
消費額が多いのは、中国、台湾、韓国、香港、米国、タイ、オーストラリアの順です。これは、ほぼ2018年と変わっていません。
旅行消費額を見ると、中国、韓国、香港で全体(2019年で4兆8,135億円)の約半分にあたる52.9%を占めています。さらに、台湾とタイを加えると、68%のシェアとなります。
一人当たりの旅行支出は約15万9千円で、費目別に見ると買い物代が最も高く、次が宿泊費、飲食費の順番となっています。(※)
※訪日外国人消費動向調査 観光庁 2020年3月31日
——インバウンドの消費傾向について、独自のデータ分析をまとめられていますが、どのような内容でしょうか。
私たちは日本の商品に興味を持つ訪日外国人を中心とした、約400万人の累計ユーザーに対して、スマホ等を利用して商品のバーコードをスキャンすることで、多言語翻訳した商品情報を提供するサービスを展開しています。エンドユーザーの構成比は、台湾39%、香港16%、タイ11%、韓国7%、ベトナム5%、中国5%、アメリカ2%、日本4%、その他が11%です。
どんな人が、どんな商品を、どこでスキャンしたかというデータを収集していますが、例えば都内主要駅周辺の結果をまとめたところ、各駅に次のような特徴が見られました。
年齢別に見ると、どの駅にも10代から70代くらいまで幅広く観光客が訪れており、駅によって大きな差はありません。ボリュームゾーンは20代、30代で、原宿には比較的若い世代が多く集まっています。
——都内の多くの駅周辺で、夜間の買い物が盛んなようですね。
主に、昼間は観光や食事を楽しみ、夜に買い物をしているということでしょう。渋谷は17~22時に最も多く買い物が行われています。新宿では19時以降に増加して、21時にピークを迎えます。池袋でも20時以降に急増して、ピークは21時。新宿と渋谷は0時以降にも買い物が行われていますね。
——特に、新宿、渋谷、池袋でそのような傾向が見られるのはなぜでしょうか。
まず、夜遅くまで開いている店が多いことが理由として挙げられます。ご存じの通り、3駅には訪日外国人に広く認知され、0時以降も活発に営業している「ドン・キホーテ」があり、周辺に影響を及ぼしています。また、特に新宿や池袋は、周辺に比較的リーズナブルな宿泊施設が多いこともポイントになっています。
——多くは、夜にホテル周辺に戻ってからも買い物をしている、ということになるのでしょうか。
中国、台湾、韓国、香港から来るマジョリティは「LCCに乗って宿泊コストも抑え、その分しっかり買い物をしたい」という意識を持っています。「ちょっと遠出になっても、日本に買い物に行く」という感覚の人も増えており、特に、台湾や香港の方のリピート率は向上しています。中でも台湾の人のリピート率は80%を超えて、私たちのユーザーアンケートでも「日本に数十回は来ている」という人がざらにいます。
旅行のペースについても、中国からは最大でも年に1回程度ですが、台湾や香港からは3カ月に1回、半年に1回と通ってくれる人も多いですから、おのずと夜遊びも買い物もめいっぱい楽しめて、安く泊まれる新宿や池袋に人気が集まるようです。
そもそも、インバウンドにとって消費と観光はセットになっています。この点は、東京や大阪に比べて地方が弱い理由や、国内のインバウンドに対するナイトマーケットがまだ弱い理由にも関係しています。
私たちも、海外旅行へ行けば、夜遅い時間帯に現地のBarへ出かけたりするでしょうし、例えば韓国なら、百貨店も深夜まで開いていて、買い物ができます。日本も夜間の営業店舗やコンテンツが拡大すれば、まだまだチャンスは広がるでしょう。
——原宿だけは12~15時にピークを迎えていますね。
原宿は中高生向けの店舗が多く、昼のほうが活気があります。竹下通りは観光コンテンツになっていますね。しかし、夜は店舗が早めに閉まりますし、周辺の宿泊施設も少ないのです。ターミナル化している他の駅に比べて、原宿には3路線しか通っていないことも影響しているでしょう。
——この6駅以外で、注目の駅はあるでしょうか。
主要6駅に隣接する山手線の駅の動向は注目に値します。例えば、新橋は銀座の集客力の影響を受けて、意外とインバウンドが多く集まる駅です。
池袋に近い目白~鶯谷も、池袋と同様に20時以降に滞在人数のボリュームが多いことがわかっています。しかし、目白の隣の高田馬場は特徴が異なり、日中の外国人の割合がスポットで多くなっています。上野~東京駅間は、22時以降の滞在数は少ないエリアですね。
——「どの場所にはどの国の人が多い」といった傾向はあるのでしょうか。
突出している点で言うと、関西は圧倒的に中国人観光客が多く、消費も東京より盛んです。現地での知名度や、ツアーの組みやすさ、関西圏でビジネスをする華僑の数などが影響しているようですね。特に心斎橋は非常に人気があり、関西を訪れたほとんどの中国人が足を運びます。
韓国人には1時間で来られる福岡が人気です。台湾の人には主に東京や、雪が見られる北海道、リゾート地である沖縄が人気ですし、週末だけ遊びに来る人も増えていますね。
——東アジアに次いで多い、欧米からの観光客の動向はいかがでしょうか。
欧米圏の観光客は、休暇日数の長さや長時間のフライトによる影響か、滞在日数は長い傾向にあります。また、一人当たりの旅行支出を見ると、オーストラリアが最も多い24万8千円、次いでイギリスが24万1千円、フランスが23万7千円であり、一般の訪日外国人一人当たりの旅行支出(15万9千円)を上回っていますが、そもそも、東アジアと観光文化がやや異なるため、買い物目的で訪れる人は少数です。東京、日比谷、有楽町などのハイクラスのホテルに泊まることが一つの観光であり、日本ならではのサービスやグルメを味わいたいというニーズが多いですね。
あまりショッピングに熱心ではないというのは、日本のインバウンド消費が、欧米圏に対して弱いことも理由になっています。例えば、インバウンドに人気のコスメなどに関しても、ほとんどがそもそもアジア人向けのアイテムですから、欧米人がわざわざ日本で購入したいと思える物が少ないようですね。
——購入品として多いのはどのような物でしょうか。
全体の消費を牽引しているのはコスメや医薬品です。例えば、渋谷駅と原宿駅周辺のデータでは、下記のようになっています。
「コスメ」と言ってもメイク用品だけではなく、基礎化粧品、洗顔料、パック、スキンケア用品などのアイテムが人気です。台湾、香港、韓国などでは、仕事中にメイクをする女性の数が少ないからでしょう。
コスメやビューティーのジャンルにおいて、「日本製は良質であり、最先端のトレンドがある」と認識されています。ただ、近年は韓国もビューティー、エンタメ、ファッションの分野で魅力的なアイテムやトレンドを生み出していますから、台湾の人などは韓国でも同じくらい買い物をしていますね。
——アパレルなどについてはどのように分析されていますか。
全体として「洋服を買いに日本に来る」という人は意外と少ないのですが、エッジの効いたファッションや流行に強い関心がある人は、原宿や表参道で買い物をしているようです。
「洋服も多少は買う」という程度であれば、「UNIQLO」から百貨店、ブランドの旗艦店までそろっている銀座や新宿に行くようですね。ただ、多言語でのセールスや細やかな接客等が実現すれば、アパレルにも可能性はもっと広がると思います。
——消費が伸びているジャンルは何でしょうか。
ユニークな傾向として、お菓子、カップ麺、レトルト食品などの需要が増えています。リピーター率の向上に伴って、日本人が日常的に食べるものへの関心が高まっているようです。確かに、何度もやって来て、毎回お寿司では飽きてしまいますよね。
コンビニやデパ地下で弁当や総菜をあれこれと買い、ホテルで“部屋呑み”する層も増えています。海外の方にとって珍しいものが一度に食べられますし、飲食店が早く閉まる街では、買って食べたほうがいいというのもあるようです。
ですから、スーパーマーケットやデパ地下などは非常に大きなポテンシャルを秘めていると思います。多言語対応の拡充といった改善をするだけでも、インバウンド向けコンテンツとしての魅力をもっと強化できるでしょう。例えば、百貨店は食料品フロアだけでも開店時間を延ばせば、観光客によるニーズが増やせるのではないでしょうか。
——インバウンドの消費を伸ばす上で、メーカーや店舗の側が強化すべきポイントはどこにあるでしょうか。
先述の通り、インバウンドにとって観光と消費、中でも「買い物」はセットになっています。特に夜間の消費にはまだまだ可能性がありますから、観光客を呼びたいなら、夜間の営業に力を入れるべきでしょう。
また、これは日本のマーケット全体に対して言えることですが、メーカーもリテールも全体的に「現場でのセールス」が不足しています。
インバウンド向けも同様で、売り場案内やレジでは外国語で対応できていても、アイテム自体のアピールや、商品Aと商品Bの違いの説明等は足りていません。1,500円と1,000円のアイテムが並んでいるときに「日本人にはこういう理由でこちらが人気ですよ」という一押しができれば、1,500円のほうが選ばれます。
そもそも、観光消費は「人数×単価」によって導き出されます。しかし、来店人数は増やせば増やすほど受入れコストがかかりますし、飛行機の本数・座席数や、宿泊施設の数によって上限があるため、企業努力ではどうしようもない部分もあります。変数としては、客単価のほうが伸びしろがあるわけです。
それに、セールスは売り上げを伸ばしますが、減らすことはありませんから、客単価の向上に繋がるセールスは可能な限り積極的に展開するべきだと思います。
国内でも広がっているように、属性などに合わせたセールスコンテンツの出し分けや、パーソナライズ化についても模索すべきでしょう。そのための、インバウンドの消費データを個々に知ることは難しいという課題がありますが、Paykeでは、どういった商品に、どんな人が、いつ興味を持ったかというデータや「欲しい物リスト」に基づいたデータ分析等を提供していますので、ぜひ役立てていただきたいと思います。
——現状では新型コロナウイルスによる影響が深刻ですが、今後の潮流をどのようにご覧になっているでしょうか。
Paykeユーザーの動きを見てみると、新型コロナウイルス感染症が顕在化した2020年の1月以降、海外エリアでマスクや抗菌アイテムといった「衛生用品」にカテゴライズされる商品のスキャン数が急伸しました。
海外でも、日本製のマスク等の品質には定評があり、大きな需要があります。感染症の拡大を受けて、Paykeのユーザーがこれらのアイテムの詳細な情報を獲得したり、本物か偽物かを見極めるために、商品をスキャンしていたのだと考えられます。今後も、日本製の衛生関連用品そのものはもちろん、これらに関する情報へのニーズは、国内外で広く求められていくと考えています。
当たり前ですが、新型コロナウイルスの影響が長期化するほど、インバウンドに軸足を置いているドラッグストアなどへの打撃は厳しいでしょう。
ただ、インバウンド消費は将来的な減少が明らかな国内需要とは異なり、伸びていく産業の一つです。新型コロナの感染のピークがいつになるかはまだ見えていませんが、いずれは収束する見込みで、その際には外国人観光客水準も復調するはずです。収束に伴って日本への旅行のファンが多く、情報の伝達も早い、台湾、中国あたりからじわじわと人が戻るでしょう。
その時に備えて、日本製品に関連するインバウンドからのニーズやウォンツに迅速に応えられるよう、国籍ごとの詳細な興味関心トレンドのモニタリングを継続していくことは、非常に重要なことだと考えられます。
——回復後のインバウンドの消費に変化はあるでしょうか。
アフターコロナの世界を詳細に読み解くのはまだ難しいですが、おそらく人気の場所、売れるジャンルなど、大きなトレンド自体は変わらないと思います。ただ、売れるアイテムや関心を持つ属性などは変化して、流れはいったんリセットされるかもしれません。国内でも、通常1年経てば人気の観光地や人気アイテムのラインナップやランキングは一新されますよね。
現状は、メーカーやリテール側にとって次のインバウンドの潮流のための“仕込みのチャンス”と言えるタイミングです。例えば、今のうちに多言語対応の強化策や外国人向けのセールスのための施策を練っておいたり、「旅マエ」へのアプローチを準備しておいて、観光客が戻り始めたところで展開するといった対策が考えられるでしょう。
「旅ナカ」に対する現在のアプローチは、思い切ってカットするべきかもしれません。そもそもインバウンド向けのビジネスは為替レートの上下動などに左右されるジャンルですから、浮き沈みに左右されず腹を据えて体制を整えられた企業や店舗が、来るべき次のインバウンドブームに勝機を見出せると思います。
その際に必要とされるのが、データに基づく現状把握や、外国人への目線合わせです。冒頭でお話ししたように、「駅周辺で、どのジャンルのものが、どの国の人に関心を持たれているか」といったデータがあれば、「原宿駅周辺の店舗では、食品の棚に中国語のPOPを掲示する」など、ポイントを絞った具体策が展開できます。私たちもデータはもちろん、それに基づくノウハウや知識の提供なども強化していきたいと考えています。
円高元安や中国景気の減速に続き、感染症等による影響など、逆風が続くインバウンド消費ですが、人口減少による縮小が国内消費に比べて、伸びしろとチャンスが期待できます。夜の観光資源や買い物環境の拡充、翻訳や多言語対応のみに留まらないセールスの拡充などが、次なるインバウンドブームをより大きな潮流にするための鍵となりそうです。